【財務用語解説シリーズ】財務人材育成

海外M&Aを加速する日本企業にあって、グローバル財務管理の高度化を担える人材の育成は急務となっていて、CEOやCFOに対する複数の調査結果を見てもそのことが伺えます。

 急務ではあるものの、現場では育成に苦労しているというのが実態のようです。

 本項では財務人材育成に必要な知識・スキルを俯瞰し、その習得アプローチについて説明します※1。“人材開発”や“人材育成”は、人材の採用・選抜、必要な知識とスキルの習得、キャリアパスに基づいた異動、その評価を繰り返すことによって、継続的に貢献、成長してもらうプロセスです。本項が対象とする“育成”は、必要な知識とスキルを習得してもらう部分です。

(図1)本項における人材「育成」の範囲



※1 なお本項を書くにあたり、フィナンシャル・アナリストの岸本光栄氏から多くのご教示、ご示唆を頂きました。

 

1.  財務人材育成の重要性

 財務人材の育成が重要であることは、改めて言うまでもないかもしれませんが、キリバ社が実施した日本企業の財務幹部向けの調査※1で、

① CFOがグローバル対応という観点で対応すべき課題を3つ挙げてもらったとき、トップが「グローバル化をリードする人材の獲得・育成」(78.3%)となっています。2位の「経営資源の最適分配と収益性の向上」(76.3%)を若干ですが上回っています。

② CFOにとっての課題を解決していくための経営資源は何かという問い(複数回答)に対して、トップの回答は「人材」(91.4%)でした。次点が「IT・情報化」で51.5%でした。ほぼ全員が「人材」であると回答していることになります。

 また新日本有限責任監査法人の調査で、「経理・財務部門の今後の経営課題」のトップが「経理・財務部門の人材育成」(81%)でした※2。次点が「経営管理機能の強化(予算機能強化、統一尺度による業績評価等)」(76%)であり、ほぼ同様の傾向が表れています。この他の調査でも人材育成は課題のトップかその次くらいに来ていて、今やグローバル財務人材の育成は、経営の最優先課題の一つになっています。

 

2. スキルが不十分な場合の影響

財務担当者のスキルが不十分な場合は、大きなマイナスの影響があります。

① 統制が効かない

 短期的に影響が大きいのは、子会社に対して統制が効かないという点です。財務管理方針・財務業務規定を定めただけでは子会社は遵守するとは限りません。意識の差、資金量の差、会社の規模等の要因により、子会社の対応は変わってきます。子会社は子会社の論理を主張してきますので、本社側に十分なスキルがないと子会社の主張が通り、統制が取れなくなります。

 特に、海外の会社を買収した場合、その会社の財務担当者の方がグローバル財務の知識や経験が豊富で、本社の担当者が太刀打ちできず、子会社をコントロールできないという話は少なからず聞きます。

② 企業の成長の足枷となりかねない

 人材がいないと経営戦略の遂行の足枷となりかねません。例えば、資金調達に銀行借入に頼るしかないとしたならば、調達できる金額には限りがあり、事業投資を制限してしまいます。グループ内の調達、投資家からの調達も適切に組み合わせることで、事業投資ができる範囲が広がります。さらに、グローバル財務管理を行う組織やプロセス、システムも時代の要請に合わせて改善、改革を続けていかねばなりませんが、人材がいなければ、それもできません。

 財務部門が社内外の期待に応えられないとすれば、儲かる事業にカネを回せず、企業価値の低下に直結しますので、CFOへの調査が語っているように、財務人材の育成は最重要かつ喫緊のテーマであると言えるでしょう。

 

3. 財務人材に必要な知識・スキル

 財務人材に求められる知識とスキルを、財務業務と知識の2軸で、以下のように整理します。

① 財務業務の観点

 財務業務は、トレジャリーとコーポレートファイナンスに大別されます。財務業務の他に、財務業務を高度化する取り組みも別に考える必要があります。新たな業務の仕組みを構築することは、現行の業務を回すこととは別のスキルセットが求められるからです。すなわち以下のように2つに大別します。

● 財務業務を実行するための知識・スキル

Ÿ  トレジャリー業務を行う(短期的な借入や運用等により現在の足下の資金・流動性を管理する)ための知識・スキル

Ÿ  コーポレートファイナンス業務を行う(起債・増資等により中長期的な事業投資を行い、将来の企業価値を増やし、調達資金の償還・還元を行う)ための知識・スキル

● 財務業務を高度化するための知識・スキル

② 知識の種類の観点

 それぞれに必要な知識・スキルを網羅的に抽出するにあたり、経済学における知識のモデルを借りることにします。そこで知識は4つに分類されます※3

● Know-what (何を知っているか、事実、情報、Fact、Concept)

Know-whatとは「『事実』に関する知識」です。将来についていえば、見通しやビジョン、コンセプトです。

● Know-why (なぜかを知っているか、説明の原理、Science、Why things are done)

Know-whyとは、「自然や人間の心、社会の動きについての原理や法則に関する知識」です。つまり、what がそうなっている背景や原因です。

● Know-how (どうすればいいを知っているか、コンピテンスやスキル、Process)

Know-howとは、「スキル(技能)、つまり何かをする能力(ability)に関する知識」です。これには日本語で「ノウハウ」と表現される、個人や組織によって開発され共有される知識も含まれます。

● Know-who (どんな人を知っているか、情報源、Who is responsible)

Know-whoとは、「何かを知っている人と、どうすれば良いかを知っている人についての情報」です。

 

 上記2軸で、財務人材に必要な知識とスキルを整理すると以下のようになると思われます。

(表1)財務人材に必要な知識・スキル

 

知識やスキルの中には、トレジャリーとコーポレートファイナンスとに明確に分けることが難しいものもありますが、以下に簡単に説明します。

 

3.1.  トレジャリー業務のための知識とスキル

 日常のトレジャリー業務について、会社の方針、規定、手続き通りに業務を行うスキル、判断が必要な局面では適切な判断を行うスキルになります。

(1)Know-what

● グループ財務の状況

Ÿ  ・グループ全体および各社の財務状況

Ÿ  ・各社の資金などのポジション など

● グローバル財務管理の仕組み

Ÿ  ・方針、業務規程、事務処理手順などのルール

Ÿ  ・組織

Ÿ  ・業務プロセスとシステム

(2)Know-why

● 財務状況がそうなっている理由

Ÿ  ・グループのビジネスの概要(ビジネスモデル、キャッシュ・フローの特徴等)

Ÿ  ・グループビジネスの競争環境 等

● 財務管理の仕組みがそうなっている理由

Ÿ  ・仕組みをそのようにした理由、背景、目的、考え方

Ÿ  ・仕組みの前提

Ÿ  -プーリング等の銀行サービス

Ÿ  -SWIFTや各国の決済システム

Ÿ  - ITソリューションの概要や制約事項

Ÿ  -日本及び拠点所在国の法規制、会計制度、税制 等

 

 業務の中には判断を行う個所が必ずあり、そこで同じ条件であれば誰でも同じ判断を下せないといけません。判断基準が事務処理手順に書かれているはずですが、実際の現場では、規定に明確に書いていないことや、書かれていても、どちらの判断基準を採るか悩む局面があります。そのような応用問題に対して適切な判断をできるようにするには、その背景を正しく理解している必要があります。

 

(3)Know-how

 一般に、スキルは、ハードスキルとソフトスキルに分類されます。理論化されて体系化されるスキルはハードスキルです。教科書やマニュアルが作成され、ある程度のレベルまで自習できます。そうでないスキルがソフトスキルです。

 ① ハードスキル

● トレジャリー業務の手法

Ÿ  ・プーリング、ネッティング、支払代行、サプライチェーンファイナンス 等

● トレジャリー管理の目的・手法

Ÿ  ・資金繰り予測

Ÿ  ・運転資金管理(キャッシュ・コンバージョン・サイクル管理)

Ÿ  ・銀行交渉、銀行政策

Ÿ  ・データ分析(予実分析、最適資金量分析)

Ÿ  ・財務リスク管理

Ÿ  -シナリオプランニング

Ÿ  -感応度分析

Ÿ  -将来シミュレーション 等

 ② ソフトスキル

● モニタリングに係るソフトスキル

Ÿ  各社のモニタリング作業において、疑問点を訊ねて統制を効かせたり、子会社にCash-belong-to-corporateの考え方を理解してもらい、子会社の資金を動かしたりするための、プレゼンテーションスキル、交渉力、調整力 等

 

(4)Know-who

●  トレジャリー業務に関する情報源

Ÿ  誰が何をしているのか(誰に聞くと早いのか、誰に言うと早いのか)

 

3.2.  コーポレートファイナンス業務のための知識とスキル

 コーポレートファイナンス業務は、将来のキャッシュ・フローを予測して、企業価値を増やすアクションを実行していくことですから、不確実性が大きく、また臨機応変な対応が求められる業務です。将来のことは現時点では誰にもわかりませんし、将来予測の統一ルールがあるわけでもありませんから、予測の拠りどころは「論理」になります。

 そのため、トレジャリー業務に加えて、予測にかかる「論理」のウェイトが高くなり、その論理展開の前提となる知識と分析が幅広に求められます。

(1)Know-what

● グループの経営戦略と事業計画とその見通し

(2)Know-why

●  予測した見通しの根拠となる情報や知識

Ÿ  ・国際情勢、政治、経済、社会、市場、競争環境の見通し

Ÿ  ・マクロ経済学を始めとする関連学問や理論の知識

(3)Know-how

 将来を予測し、社内他部門や債権者や株主等の、ファイナンス知識を必ずしも持たないステークホルダーに説明するために、広範なスキルが求められます。

 ① ハードスキル

● 経営戦略・事業計画立案スキル

Ÿ  自社をめぐる環境を前提に、どのようなキャッシュ・フローになるか、計画が画餅ではないか分析と判断をして、将来のキャッシュ・フローを論理的に予測するスキル。

● コーポレートファイナンス業務スキル

Ÿ  将来キャッシュ・フローを実現するための調達や投資、リソース配分、その他のアクションを行い、最適資本構成を維持・拡張するスキル。

● ロジカルシンキング、シナリオプランニングスキル、データ分析スキル

Ÿ  計画・予測段階: 考えられる将来シナリオをいくつか考え、もっとも蓋然性の高いシナリオを選択し、そのストーリーを論理的に構築するスキル。

Ÿ  実行段階: 想定されるリスクを考え、リスク度合いに応じて適切かつタイムリーなアクションをとっていくスキル。

 ② ソフトスキル

●  計画立案に係るソフトスキル

Ÿ  関係者から正しいインプットを得るためのヒアリング力、情報収集力、コミュニケーション力 等

●  計画説明に係るソフトスキル

Ÿ  計画を、ファイナンス知識が必ずしも豊富ではない社内他部門や株主等の関係者に説明するプレゼンテーションスキル

● アクション実行に係るソフトスキル

Ÿ  調整力、交渉力、リーダーシップなど

(4)Know-who

●  コーポレートファイナンス業務に関する社内情報源

Ÿ  計画をより具体的、実効的なものにするための社内情報源

● コーポレートファイナンス業務に関する社外情報源

Ÿ  コーポレートファイナンスの理論を得られる情報源

Ÿ  将来予測の示唆を得られる情報源

 

3.3.  財務業務高度化のための知識とスキル

 財務業務の高度化は、現行業務のオペレーションと違って、ゼロから新しい組織とプロセスを構築するために、まったく別のスキルセットが必要になります。

 一般的には、あるべき組織とプロセスを描き、現状とのギャップを分析して、実行計画を作ります。その実行計画に基づき、組織設計、プロセス設計を行い、システムの導入を軸に新しい組織やプロセスへ移行します。そのために必要な知識やスキルになります。

(1)Know-what

●  自社にとってのグローバル財務のあるべき姿

Ÿ  グローバル財務業務高度化の目的と目指すべき組織、業務、システムの姿

● 他社事例

 

(2)Know-why

● 財務関連のソリューションやサービスの動向

Ÿ  金融機関による資金・決済関連サービス(提供金融機関とそのサービスの概要、強みと弱み)

Ÿ  ITベンダーによる資金・決済関連ソリューション(主要ベンダーとそのソリューションの強みと弱み)

●  資金・決済をめぐる制度や標準の動向

Ÿ  24時間リアルタイム送金といった次世代決済サービス等の、近い将来利用できそうな制度や標準についての知識

(3)Know-how

 ① ハードスキル

● 実行計画立案スキル

Ÿ  ・組織と業務プロセスについてのあるべき像の構築スキル、現状分析スキル、実行計画立案スキル

●高度化実行スキル

Ÿ  ・組織設計スキル、プロセス設計スキル

Ÿ ・ ITシステム導入スキル

 ② ソフトスキル

● 実行計画立案時のスキル

Ÿ  ・あるべき像構築のための、情報収集スキル、構想スキル

Ÿ  ・現状分析のための、ヒアリングスキル

Ÿ  ・実行計画立案のための、プレゼンテーション力、調整力、交渉力、リーダーシップ

●  改善実行時のスキル

Ÿ  ・組織設計、プロセス設計という実務レベルの課題解決のための、プレゼンテーション力、調整力、交渉力、リーダーシップ

Ÿ  ・ITシステム導入時に発生する課題の調整力、解決力

(4)Know-who

● 社外の専門家

Ÿ  ・世界の動向、他社事例に明るく、第三者の視点で助言をもらえる専門家

● 社内の専門家

Ÿ  ・特定の業務や領域に詳しい専門家

Ÿ  ・プロジェクトの落とし穴や、解決の方向性に知見を持つ、財務関連プロジェクトの経験者

 

3.4.  財務人材に必要な知識とスキルのポイント

 このように整理すると財務知識スキルの習得について、以下のようなポイントが言えます。

① かなり広範な専門知識が必要であること。米国では一人前になるまでに7年かかると言われているそうです※4

② 研修で得られる知識・スキルはごく一部で、多くはOJTなどが必要なものです。研修にするとしても講義中心の座学よりも、チーム演習を中心とした研修がよいでしょう。

③ マクロ経済学等の学術知識は、その領域を限定できず、社会や経済の情勢、事業のグローバル展開の進捗に応じ、臨機応変に必要な学問を学ばないといけないでしょう。

④ 1回限りで習得できるものは少なく、ほとんどが常にアップデートをしていかなければならないスキルです。

 

 とくに③、④は、将来のキャッシュ・フロー予測を検証し、確度の高いストーリーを作り、投資家を始めとするステークホルダーに説明するために必須の知識とスキルです。将来のキャッシュ・フローの前提となる市場や競争環境の見通しが、理論的に正しく、かつ論理的にストーリーが構築されていないと、事業計画に説得力がなく、投融資を得られません。

 

4.  習得アプローチ(70-20-10の法則)

 

 人材育成に関しては、一般に3つの方法があります。

① OJT ~ 日常の業務を通じて学ぶ機会

② コーチング・メンタリング ~ 上司を始めとする周囲から学ぶ機会

③ 研修 ~ 日常の業務から離れ、スキルや知識を体系的に学ぶ機会

 

 この3つの方法にかける時間の配分については、一つの目安があります。それは、70-20-10の法則として知られているものです※5。米国のCCL(Center for Creative Leadership)という研究機関が約200人の上級管理職を調査した結果をもとに定めたガイドラインです。それによれば、与えられた仕事から学ぶことが70、人間関係から学ぶことが20、研修から学ぶことが10とするのがよいとしています。

 すなわち、OJT:コーチング・メンタリング:研修=70:20:10が望ましいようです。

 

 OJTのウェイトが大きいことは肌感覚としても違和感ないでしょう。実際に調査によると8割がOJTを行っています※6。また、「3. 財務人材に必要な知識・スキル」で見たようにOJTが適している内容が多く、日常業務を学ぶには最も効果的な方法でしょう。しかし同時にOJTならでは問題点、弊害もあります。OJTは、従来の仕事の進め方を継承、再生産していくもので、会社独自のルールや価値観、日本企業固有の要素も固定観念として持ってしまい、外部の先進事例を取り入れグローバル目線で財務業務を高度化していくときには、かえって負の影響を及ぼすかもしれません※7

 コーチングは本人に気づかせるという点で極めて重要です。会社がOJTや研修という学習の場を提供しても、本人がその意味するところに“気づいて”血肉にしないと意味がありません。その気づきのプロセスがコーチングです※8

 スキルの内容にもよるので、70:20:10に忠実に従う必要はないとはいえ、OJTに過度に依存しすぎることなく、バランスよく育成プログラムを組み、OJTは体系的に計画を立てて、属人化しないようにし、現行業務を絶対視しないように行うことがポイントでしょう。

 

5.  実践的な習得アプローチ

 

 OJTを中心とするとしても、具体的なテーマを設定すると計画立てて進めやすいはずです。具体的には、以下がよいかと思われます。

● トレジャリーは、現在の業務のOJTを中心に。

● コーポレートファイナンスは、子会社の事業計画作成またはレビュー。

● 財務業務の高度化は、実際の子会社展開、PMI、高度化プロジェクトへの参画。

 

①トレジャリー

 トレジャリーは日常の業務ですから、OJTがもっとも現実的な方法でしょう。OJTは体系的に実施することがポイントです。予め、習得しなければならない知識やスキルをリストアップし、それぞれ、いつのどのOJTで実習するのか、OJTをする機会がないものは、研修にするのか、他の時期や方法で学ばせるのか、体系的に計画を作ることが欠かせません。

②コーポレートファイナンス

 コーポレートファイナンスについては、事業の価値を高めることですから、グループ会社の事業計画を実際に作るか、あるいはレビューするのが良いのではないでしょうか。シミュレーション研修みたいなものもあると思われますが、現場感がはるかに違います。市場環境を予測し、蓋然性が高いと思われるキャッシュ・フローの計画を作り、人に説明する機会があるとよいと思われます。

③財務業務の高度化

 上記二つとは違ったスキルセットが求められる、財務業務の高度化については、実際のプロジェクトにアサインする以外の方法はないと思われます。高度化プロジェクトでなくても、現行業務の子会社への展開、買収した会社のPMI(合併後のプロセス統合)などのプロジェクトも適しているでしょう。

 

6. TMSのOJTへの活用・効果

 TMSはトレジャリー業務のOJTとして最適です。その理由は2点あります。

① 先進事例を学べる点

 TMSは、これまで世界の数百社以上の企業に使用されてきているので、欧米を中心とする先進企業のオペレーションの集合体とも言えます。たとえば、資金予測を登録し、期日到来時に銀行取引と照合して、予実差異のレポートを出して差異分析を行うといった一連の流れはすでに機能として備わっています。このような一連の流れが、メニューのマップとして標準的に設定されますので、基本的な業務の流れはすでに組まれています。

② 人材の流動化に資する点

 画面やレポートを標準化できるので、海外拠点の熟練したトレジャラーを日本に出張や異動させ、財務知識をトレーニングしてもらったり、欧米の先進的なファイナンス環境の話もしてもらったりして知的な刺激を与えてもらうこともできます。逆に日本から人材を海外拠点に送り込み、グローバルな方針を周知徹底させることもできます。

 次に具体的な活用や効用のイメージです。TMSは主としてトレジャリーをサポートするシステムですから、トレジャリー業務と、財務の高度化に役立ちます。コーポレートファイナンス業務についても若干役立つ面があると思われます。

(1)トレジャリーのOJTへの活用

What, Why, How(ハードスキル)

● グループ各社の資金繰りのモニタリングを通じて、各社の資金の動きを把握し、資金の不効率な使い方がないかを見つける努力の中から、各社のビジネスの内容、特徴、リスクを学ぶことができます。

● プーリングや親子関係も仮想口座の設定などを見れば、構造の理解の助けになります。

● 業務のテンプレート設定作業を通じて、財務業務の知識が広がりかつ深まります。

 

How(ソフトスキル)

●  モニタリングをしていると、どのような取引なのか、なぜその借入を行ったのか、なぜ予測が著しく誤ったのか等を子会社に聞く必要が出てきます。その際、あらかじめ傍証となるデータを集め、想定される原因、子会社の回答を予想し、それに対して本社はどのような根拠にもとづき、どのような論理展開で話すか、準備が必要になります。その作業を通してソフトスキルが身に付きます。

(2)財務高度化へのOJTの適用

What, Why, How(ハードスキル)

●  TMSの導入時には、全体を見渡すので、会社のグローバル財務業務の全体像を把握できます。

●  財務業務方針と業務プロセスを定義する作業を通じて、業務設計のスキルが身につきます。

 

How(ソフトスキル)

● 子会社にグローバル財務方針を説明し、子会社の主張や反対意見を調整して、最終的に標準財務プロセスに落とし込むことで、リーダーシップ、交渉力、プレゼンテーション力、語学力などの実践的なソフトスキルが身につくことが期待されます。

 

Who

●  現行業務を洗い出し、新業務での職務権限を定義する中で、各社の誰がどのような知識やスキル、価値観を持っているのかが見えてきます。その過程で相互理解が深まることにより、双方の信頼感が醸成され、新業務の方向性を一にするとともに、異動も含めた人材活用の道筋が見えたりします。

 

(3)コーポレートファイナンスへのOJTの適用

 TMSはトレジャリーのシステムであるので、コーポレートファイナンス全体をカバーするものではありませんが、その視点などを学べる面もあると思います。

● CFO向けダッシュボードの設定作業を通じて、CFO目線を学べます。CFOが毎日見る指標は何か、それをどの切り口や粒度で見ているのか、そしてそれは何故かを知り、思量することで、CFOの視点や考え方を知ることができます。

● キャッシュ・フローのモニタリングを通じて、企業価値目線を学びます。事業やプロジェクトの計画にもとづくキャッシュ・フローの見通しを企業価値の観点でレビューし、モニタリングし評価して、そのアクションプランを考えて提案することを実習できます。

 

7.  効果例

 グローバル財務人材育成に力を入れている企業や、キリバをご利用いただいているお客様によると、英語力やグローバル財務の知識が増えたことは当然として、今後のアクションにつながる付随効果が大きく得られたようです。

 まず、経理財務部門における英語力強化の取り組みをテーマにした座談会では、英語力がついたことによって、次のような効果があったと報告されています※9

● 仕事へのモチベーションがあがりました。

Ÿ   フィリピンの短期留学から帰国した社員が、「『経理財務のレベルが低い海外子会社をオレが変えてみせる』と意気込んでい」ます。

Ÿ   海外経験のない社員でも、英語でのプレゼンテーション後に海外子会社のマネージャーに英語を褒められて、モチベーションが上がる若手もいます。

●  積極的に海外とコミュニケーションする雰囲気が醸成されました。

Ÿ   周囲に英語を話す外国人スタッフがいることで、片言でもいいから英語で話そうという雰囲気になっています。

●  若くて優秀な人材が世界中から応募してくれるようになりました。

●  業務が効率化されました。

Ÿ   資料の英訳や会議の通訳が不要になり、翻訳や通訳の費用が不要となり、会議時間も短縮されました。

● 10%のガバナンスプレミアムが評価されました。

Ÿ   英語による資料開示や英語でのIRミーティングを行っていることによって、アナリストによるバリュエーションに10%のプレミアムが付与された。英語の方が密度の高いコミュニケーションができる点が投資家に評価されました。

 キリバのユーザー企業では、資金や財務取引が見えるようになっただけではなく、人や財務管理のありようが見えてきて、次のステップに進めやすくなった、もしくは進める目途が見えてきたというような効果が出ています。例えば、以下のような声をいただいています。

●  「キリバは人材の教育に役立っています。ユーザーIDを付与する作業を通じて、海外子会社の担当者の「顔」が見えてきて、誰が何をやっているか把握できました。結果、向かっている方向が共有できました。顔が見えたので、日本による底上げができるようになりました。」

● 「TMSを使うことで、世界の先進企業がどのような業務をしているのか参考になります。人材が育ち、財務業務の高度化ができ、海外にも人を出して現地人材の育成にあたっています。」

●  「人材育成しようにも、我々がそもそも全体を見えていないので、教えられませんでした。TMSを入れると一気に全体が見えるので、その意味で人材育成をショートカットするツールです。教育のツールとしてとてもクラウド向きだと思います。」

●  「勘定科目などのコード類のマッピング作業を通じて、各子会社の管理レベルがわかりました。きめ細かく管理している会社とそうではない会社がわかりました。管理レベルがわかることによって、スキルの底上げや業務改善・改革の計画が立てられるようになりました。」

 

8.  情報源

 研修プログラムや、財務業務に関する最新動向などの情報源を2つ紹介します。

① 日本CFO協会

 経営・財務に関する高い技術と倫理観を持ったCFOの育成を目指し、日本企業におけるCFO機能強化のための支援活動を展開している一般社団法人です。

 同協会では、さまざまな研修プログラム、資格制度やスキル検定、セミナー等のイベントを提供していて、情報収集やネットワーキングを行えます。

 米国最大の財務教育機関である財務プロフェッショナル協会(AFP)、国際財務協会連盟(IGTA)、国際財務幹部協会連盟(IAFEI)、韓国や中国のCFO協会とも提携を結んでいて、世界の資格の相互認定や、財務分野での人的交流についても推進しているので、同協会を入り口に海外の最新情報を得たり、ネットワークに入ったりしていくとよいでしょう。

② 経理・財務サービス・スキルスタンダード

 OJTの計画を立てるときや、財務業務の高度化にあたり現行業務を洗い出したいときに、業務の全体像をつかむ必要があります。職務分掌表や事務処理マニュアルなどがそのインプットになりますが、件数の少ない業務は文書化されていなかったり、会社固有の取引や業務があったりするので、学習の観点からは一般的な業務全体のモデルも参考にするとよいと思われます。

 必要なスキルを網羅的体系的に整理・定義したものとして、経済産業省の「経理・財務サービス・スキルスタンダード」があります。同省の経理・財務人材育成事業の一環としてグローバル展開する企業を支えるために、2003年の「経理・財務業務マップ」をもとに、2004年に策定された経理・財務の業務標準です。

 このスキルスタンダートに準拠した実務検定として、経理・財務スキル検定(FASS 検定)が、日本CFO協会の運営により、2005年度下期より実施されています※10

 

9.  参考文献

 本項は「育成」に焦点を当てているため、人材の採用、選抜と異動、評価については触れていません。そこで、それらについて説明している文献、事例が載っている文献を、本項で引用したものも含めて紹介します(刊行年順)。

 特に事例については、既に当該企業では制度が変わっているものもあると思われますが、その考え方や具体的な取り組み事例は、大いに参考になるはずです。

「金児昭と先進企業のCFOが語る一歩先行く会社の「経理・財務」部門と人材育成〈第1集〉」(金児昭、日本CFO協会)2009年3月

パナソニック、TDK、武田薬品工業、花王、東京エレクトロン、帝人、旭硝子、7社の人材育成の取り組み事例集です。年次別の育成プログラムやFASS検定の活用方法などの具体的な例が紹介されています。編者と各社CFOとの対談集で読みやすく、制度だけではなく、苦労した点や知恵なども豊富です。

「経営と財務:ネスレの財務管理」(砂川伸幸)2015年4月15日(日本CFO協会情報誌CFO Forum記事。http://forum.cfo.jp/?p=2491

簡単ですが、ネスレの人材育成について掲載されています。

「財務・経理部門の人材育成を考える」(豊國成康、伊藤久明、駒井祐太、田所健)『旬刊経理情報』。2015年10月1日号から2015年12月1日号まで連載7回)

財務・経理部員のキャリアパス、行動特性(コンピテンシー)、評価、国際間異動などについて解説しています。連載第5回(2015年11月10日号)にはOJTを中心とした育成制度について3社の事例が紹介されています。

「ヤフーの経理財務人財育成」(瀬越俊哉)『企業会計』2016 Vol.68 No.4、84~85ページ。

事業の急成長を支えるべく中途採用を多く行ってきた同社が、「ローテーションこそ最大の人財開発」との考えのもと、3つのローテーションパスを用意したり、ヤフーアカデミアと呼ばれるリーダーシップ・プログラムにCFOコースを開設したり、今後はラインマネジメント系とスペシャリスト系とにわけて育成していく予定である等の取り組みが紹介されています。

「座談会 花王・楽天・エーザイ 3社から学ぶ 経理財務英語化のすすめ方」(牧野秀生・日高健・柳良平)『企業会計』2016 Vol.68 No.10、97~112ページ。

3社が英語化に着手した背景、英語化の取り組みとその効果・副作用、英語化のはじめの一歩などが語られています。

米GE社の人材育成プログラム

GE社は若手を選抜し、リーダーを育成するプログラムで集中的に育成することで知られています。財務・経理のリーダーを育成するためのリーダーシップ・プログラムは、FMP (Financial Management Program)と呼ばれるもので、同社のウェブサイト(http://www.ge.com/jp/careers/leadership/fmp)にその具体的な内容が掲載されています。プログラムの実際については、さまざまなセミナー等で紹介されていますが、閲覧しやすい記事では、例えば次のようなものがあります。

「GE財務部門の強さを探る」nikkei BPnetの、

「【2】徹底的にリーダーを育てるプログラム「FMP/CAS」とは?」(2008年6月13日)http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20080605/160700/

「【3】1対1の対話で信頼を築き、組織の一体感を作る」(2008年6月20日)http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20080605/160637/

 


※1 「財務マネジメントサーベイ 企業のグローバル化に伴う財務・リスク管理体制の実態と課題」(日本CFO協会主催。調査期間:2016年9月22日から10月5日)
※2 新日本有限責任監査法人(2013)「グローバル化時代の日本企業のCFOの役割」、24ページ(http://www.shinnihon.or.jp/services/assurance/faas/publication/pdf/2013-09-cfo-survey2013.pdf)。
※3 OECD教育研究革新センター(2012)「第1章 第2節 知識の用法」『知識の創造・普及・活用―学習社会のナレッジ・マネジメント―』明石書店、28ページ。このモデルは古典的な分類方法とあります。また、4要素の説明には、Bernaert, M. and Poels, G. (2011) The Quest for Know-How, Know-Why, Know-What and Know-Who: Using KAOS for Enterprise Modelling も参考にしました。ITプロジェクトにおいて業務プロセスを記述するための分類として用いられています。
※4 岸本氏のご教示による。
※5 Center for Creative Leadership「The 70-20-10 Rule」https://www.ccl.org/articles/leading-effectively-articles/the-70-20-10-rule/, 2016年10月28日閲覧。
※6 前掲調査
※7 具体的な例として、パナソニック社CFOは対談で、“OJTで年数をかけながら育成していくことを軸としている、するとその重さゆえに伝統を守ることに固執してしまう、責任感と自負があるほどこの傾向が出る、専門性は磨かれるが、戦略本社で仕事をするための必要なスキルがなかなか身につかず、現場において将来キャッシュ・フロー分析をもとに云々とか、投下資本収益性といった概念の話にはなりにくい”と語っています。河井英明・松田千恵子(2016年)「対談 パナソニックの本社改革 伝統的経理の進化への挑戦とCFO人材の育成」『企業会計』2016 Vol.68 No.12、33~46ページ。このコメントは40ページ。
※8 『人材開発マネジメントブック』47ページ
※9  牧野秀生・日高健・柳良平(2016年)「座談会 花王・楽天・エーザイ 3社から学ぶ 経理財務英語化のすすめ方」『企業会計』2016 Vol.68 No.10、97~112ページ。一部、抜粋、要約しました。
※10  スキルスタンダードについては、http://www.meti.go.jp/policy/servicepolicy/contents/management_support/files/keiri-zaimu.htmlを参照。FASS検定については、公式サイト(http://www.cfo.jp/fass/fass_exam/)を参照。